ソースはどこですか?ソースが記載されていない資料orソースがWikipediaの資料 どっちが良いですか?

ソースはどこですか?ソースが記載されていない資料orソースがWikipediaの資料 どっちが良いですか?

当然、どっちも良くないです!

本当に今更なんですが、今だにWikipediaをソースに資料作ってくる人がいます

「ソース:Wikipedia」と書いてあるならまだ百歩譲って許せます

説明文がWikipediaに書いてある内容をコピペの人がいます。勘弁してください

Wikipediaが問題になる理由として、共同編集という形式が取られているので編集や改訂をユーザーができてしまうことにあります

ユーザーが間違った情報を編集してだれも気づかなければ間違った情報のまま世の中に発信されてしまうということですね

最近でも実際にGizmodoの記事であるように「Siriちゃん、ニセ情報を元に『スパイダーマン』原作者スタン・リーの死亡説を流してしまう」ということも起きています

Siriも疑わなければ…

「毎日がホリデイ!」は私個人と「株式会社ホリデイ」のナレッジをソースを明確にして情報を発信することを方針としています

例えば、2020年に小学校で必修化予定のプログラミング教育について書いた記事のように知識の拡充を狙った内容については出来る限り信憑性のあるソースを提示します

他にも、記事投稿時にSNSにも自動投稿してくれるプラグインについて書いた記事のようにNextScripts: Social Networks Auto-Posterについての操作や設定の方法を書いた内容ではFacebookの設定もできるツールなのにTwitterの設定しか経験していないためFacebookについては記載していません。経験したことがソースということです(サボったわけじゃないですよ!近い内にやります!)

しかし、情報というのは発信する側が正しいと思って発信していても間違っていることがあります

もしかしたらWikipediaの件も編集した人は正しいと思って編集していたのかもしれませんよ?

皆様も情報についてはソースの信頼性を自ら判断して使えるようになってください

そういった考えで資料作成をすれば「ソース:Wikipedia」や「ソースについて記載なし」が相手に対してどれだけの不信感を持たせているのかわかるのではないのでしょうか?

 

ではまたー